東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)114号 判決
一、特許庁及び裁判所における手続の経過及び審決の理由に関する原告主張の一及び三の事実は当事者間に争いがない。
二、本願発明について。
成立に争いなき甲第二、第四、第六号証によれば、本願発明の要旨は、審決も認定している如く、特許請求の範囲に記載されているとおり「電気点火式機関の速度もしくは該機関を装備せる車輛の車速があらかじめ定めた一種または一種以上の値をこえた時において、点火栓に点火させぬために公知の速度応動機構により直接電気点火回路(一次あるいは二次側)を並列的に短絡操作させ、また前記速度が制限値以下に復元した時において、前記応動機構により前記短絡操作を解除復元させ、かつ少くとも前記両操作に際し、図面(別紙本願図面)に例示せる如く接点摺動摩擦を避けることにより、前記応動機構に対し何等の附加抵抗力を与えないことを特徴とする、電気点火式機関付車輛の最高速度制限装置」にあることが認められ、
そして本願発明の目的とするところは、簡単な装置でその場所の制限速度を全く自動的に電気点火式機関を制限するのを主な目的とし、その作用としては、別紙本願図面の第一図のものでは、(G)は遠心式速度応動器で(1)はその基体で車体に電気的に接地しており、小車(2)はタイヤーから駆動されその回転により、板バネ(3)に取り付けた重鍾(4)が回転直径を増大し、ついに制限速度に達すると絶縁物(6)によつて絶縁された筐体(5)に接触し、刷子(7)を経てマグネツト(M)の一次コイル(8)からの一次電流を車体に短絡し、カム(9)、接点(10)、コンデンサー(16)等による断続機能が失われるので二次コイル(11)を経て点火栓(12)に至る二次電流が生起せず機関は失速し、車速が制限以下になれば重鍾(4)と筐体(5)との接触が断たれ機関は点火が行われ運転を始め、これを繰り返すものであり、第二図のものでは、速度計(S)の指針(14)が制限速度に達するとその位置におかれた制限端子(13)(指針回転面との間には小なる間隙を有し、二次電流が点火栓に放電せずこの間隙のみに放電する如く調整しておく。)から二次電流が指針(14)基体(1)を経て車体に放電短絡するので、誘導コイル(C)から配電器(D)を経て点火栓(12)に至る二次電流が放電せず機関は失速するが、車速が制限以下になれば、機関は再び運転を始め、これを繰り返すものとせられ、またその効果は、(1)従来のこの種の装置は電磁リレー等を使用し、かつ電気点火回路を直列的に開閉しているため異常電圧を生じ、装置が劣化するが、本願発明は直接電気点火回路を並列的に短絡するものであるから、二次回路に適用しても異常電圧を発生することがなく、(2)従来の装置の一次回路の直列開閉操作は特にバツテリー点火方式においては比較的電流が大で、接点の劣化現象を起し易く、またマグネツト点火方式における同様操作は一次回路に前記(1)の如き欠点があるが、本願発明はこれらいずれの方式においてもかような欠点がなく、(3)従来の装置は電磁リレー等の増巾機構を必要としたが、本願発明はその必要がないから装置が簡単であり、故障が少く、(4)従来の装置は、制限速度以内の時における電気点火回路の電気抵抗が直列接点のために大きく、接点の劣化により運転不能となることがあるが、本件発明は直列接点がないから抵抗の増加、及び故障の機会が少いのであり、(5)指針が摺動接触を行う従来の装置は速度計の指度が不正確であり、かつ制限値以下では精度が低下するが、本願発明は接点の摺動摩擦がないから速度計の指度が正確であり、(6)速度制限動作時において振動、音響による警報効果が、また夜間においては短絡火花による表示効果があり、(7)機構が簡易化され、機能が確実であり、耐久力がある、とされていることが認められる。
三、各引例について。
次に成立に争いなき乙第一号証、第二号証の一ないし四、第三、四号証によれば、審決の引用した第一、第二引例にはそれぞれ次の記載があり、また補足引例特許第一四四、三〇二号明細書及び特許第一六一、〇一二号明細書にはそれぞれ被告が答弁二の(二)において乙第三、四号証の補足引例の記載内容として摘示しているとおりの記載があることが認められる。
(一) 第一引例(特許第七〇、七二九号明細書、大正一五年公告第一〇、〇五八号)
「別紙第一引例図面の電磁石線輪(1)の可動鉄心(2)の一端に可動鉄心(2)と電気的に絶縁した金属栓(3)を装着し、金属栓(3)と接触金物(4)(5)との接触を良好にするために可動鉄心(2)と電磁石線輪(1)との間に発条(6)を装置し、電磁石線輪(1)の一端は指示計(7)の金属板(8)に標示灯(10)の電灯(9)とともに電線で接続し、電磁石線輪(1)の他端は、標示灯(10)の電灯(9)(11)(12)とともに蓄電池(13)の陽極に接続する。エンジン点火線輪(14)の二次線(15)の一端は接触金物(4)に接続され、接触金物(5)は配電器(16)を経て電火栓(17)(18)(19)(20)に接続する。そしてこの装置は自動車の運転台に備えつけ、プロペラ軸または車輪と機械的に連結し、電磁石線輪(1)はエンジン室に、標示灯(10)は車体外面に装置し、電気的に各連絡するものとする。故に車が低速度の場合は指示計(7)の指針(21)は金属板(22)に接触して標示灯(10)の電灯(12)を点じ、車が中間速度の場合には指針(21)は金属板(22)を摺過して金属板(23)に接触し、電灯(12)は消えて電灯(11)を点ずる。そして一層速度を増し規定外の高速度になれば指針(21)は金属板(23)を離れて金属板(8)に接触し、電灯(12)(11)は消えて電灯(9)を点じ、同時に電磁石(1)の回路は閉じられ可動鉄心(2)を吸引するから、金属栓(3)は接触金物(4)(5)を離れて点火線輪(14)の二次線(15)の回路を開くがために電火栓(17)(18)(19)(20)の火花が止み、エンジンの運転は停止する。………そして車の速度が減ずれば指針(21)は金属板(23)にかえるので電灯(9)が消え、同時に電磁石(1)の回路は開かれ、可動鉄心(2)は発条(6)のために電磁石線輪(1)より放出して金属栓(3)は接触金物(4)(5)と接触し、点火回路は閉じられ、エンジンは自動的に運転を始める。」
(二) 第二引例(昭和二九年二月二八日オーム社発行、池谷武雄著、OHM文庫、流量測定法、第一三七ないし一三八頁)
「(4)ブルトン管の指針の動きを記録する方法
………最初はペン先を用いてインキで描かせた。これは指針が重くなり、記録紙との間の摩擦も増すので本校(電機大学)の河内正夫氏の提案で、指針の先端から放電現象によつて記録紙に連続的に小孔をあけ、この小孔の連続によつて曲線を得ることができた。これによつてペン先の重さをなくして慣性を減ずると共に、記録紙との間の摩擦抵抗を零にすることができた。圧力計の指針は極めて軽い針を用い、同一電源から一〇〇対六〇〇〇ボルト変圧器によつて電圧を調整しながら針の端と記録紙の下にある金属片との間に適当の強さの放電を行つて小孔をあけていく。現在は横河製作所の電流記録計の用紙を用い、針の先端を記録紙から約〇・五粍ぐらい離して約三〇〇〇ボルトが適当である。」
四、審決の当否について。
以上認定したところに基づき、本願発明と第一引例とを比較検討するに、両者は、電気点火式機関の速度もしくは該機関を装備した車輛の速度があらかじめ定めた一種または一種以上の値を超えた時、点火栓に点火させぬために、速度応動機構により電気点火回路を操作する最高速度制限装置である点で一致しており、その相違とするところは、(1)本願発明は右電気点火回路の操作を速度応動機構により、直接、並列的に短絡または開放してするのに対し、第一引例は電磁リレーを介して該回路を間接的に開閉している点、(2)本願発明は前記操作において、接点の摺動摩擦を避けることにより速度応動機構に何ら実質的な附加抵抗を与えないよう考慮しているのに対し、第一引例には特にこのような配慮がなされていない点、にあることが認められる。
ところで、機関付車輛の電気点火回路を開閉するに当つて、電磁リレー等を使用することなく、直接該回路を並列的に短絡または開放すること自体は、本願出願当時において、当該技術分野に周知の技術手段であつたばかりでなく――このことは補足引例によつて例証されているところであるが、――しかもかような周知の技術手段を同等の技術分野に属する第一引例に加えるという程度のことは単純な設計変更の域を出ないものと認むべきであるから、前記(1)の相違を取り上げて、本願発明が旧特許法第一条にいう発明をなしたものと認めることはできない。
次に放電の行われる指針とその対象物である接点との間に間隙を設け、摺動摩擦を避けることによつて指針の運動に何らの抵抗力をも与えないようにすることは、第二引例によつて公知の技術手段であることが認められる以上、かかる技術手段を第一引例の速度計の指針に適用することは、必要により当業者が容易に意図、実施し得る程度のことというべく、従つて前記(2)の両者の相異についても、そこに発明の存在を認めることはできない。
もつとも、第一引例に対し第二引例及び前記周知の技術手段を加えることによつて構成された本願発明が格別に顕著な作用効果を奏するものであれば格別であるが、先に認定した本願の明細書に記載されている本件発明の作用効果なるものは、従来のある特定のこの種の装置と比較して格段にすぐれているとする原告独自の見解に基くものないしは周知の技術手段を採用することによつて当然奏するであろうことが予期される効果たるに外ならないものであつて、旧特許法第一条にいう発明を構成するに足る顕著な作用効果であるとは、到底認めることができない。
してみれば、本願発明は、審決引用の第一引例、第二引例及び補足引例にみる周知技術から当業者が格別の発明力を要することなく容易に実施できる程度のもの、といわざるを得ず、結局同趣旨を以て本願発明を旧特許法第一条に規定された要件を具備しないものとしてその特許を拒絶した審決は正当である。
原告は、補足引例に記載された発明自体のねらいとするところと本願のそれとの差異等をよりどころとして、審決が右(1)の相違点についてした右同旨の判断を、また第二引例と本願とにおける技術利用目的の相違等をとりあげて、審決が右(2)の相違点についてした右同旨の判断を、それぞれ非難し反対の主張をしているが、たとえ、発明の目的技術のねらいとするところに相違があるにせよ、右引用例に記載程度の技術を本願発明のものに転用応用する程度のことは、当業技術者ならば当然容易に考慮できるものと認められること前に判断したとおりであるから、いずれも採用に値しないものというの外なく、また審決には本願の作用効果の一部を無視する等の不当があるというが、明細書に記載されている作用効果の全体について観察しても顕著なものとなし得ないこと前記のとおりであつて、これらの点で審決の違法をいう原告の主張はすべて理由がない。なお原告の主張中には、当裁判所が本件につきさきになした判決との関係において本件審決の違法をいうかにみえる部分もあるが、成立に争なき甲第九、一〇号証によれば、右判決は、前審決が、本願発明は引例(本件審決の第一引例)に記載のものと発明思想を等しくし、引例に容易に実施し得べき程度に記載されたものであるから、旧特許法第四条第二号により同法第一条の新規な工業的発明と認められぬとして、新規性を否定してこれを拒絶したのに対し、本願発明と右引例との間には前記認定の相違点(2)の点において発明思想に異なるものがあつて、本願は引例に容易に実施することを得べき程度にその記載があるとは認められぬとして、これを取り消したものであることが認められるところ、本件審決は、右の点についてはさらに第二引例を引照した上で、本願発明の進歩性を否定し、これを旧特許法第一条所定の発明とは認め得ないとしたものであること前記したところから明らかなところであるから、そこに違法をいう余地はない。
〔編註〕 本件に関する図面は左のとおりである。
本願図面
<省略>
第一引例図面
<省略>
補足引例図面(Ⅰ)
<省略>
補足引例図面(Ⅱ)
<省略>